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J.R.R.トールキンの『指輪物語』におけるホモソーシャリティとslash文化3-2

2.ファンタジーとSlash 

 映画における表象をきっかけとしながらも、実際のところ多くのThe Lord of the Rings Slashは、映画で改変または省略されてしまった原作の設定や描写も組み合わせつつ、キャラクターの関係性を再構築している。The Lord of the Rings Slashを集めたコミュニティサイトであるThe Library of Moria[i]には、2002年のサイト設立以来2000件を超えるSlash作品が投稿されており、その中には映画に登場しないキャラクター[ii]や、舞台となる作品世界を同じくする『ホビットの冒険』『シルマリルの物語』のキャラクターを取り扱ったもの、さらには原作にすら登場しないオリジナルキャラクターを設定して主人公たちとの関係性を描く作品も存在する。あるいは、旅が始まる前や指輪が葬られた後といった時間的な「隙間」に着目し、その間にどのような事件とキャラクターたちの関係の変化があったかを描きだすというのもSlashの典型である。A. Smol はFrodo/Sam Slashを事例に詳細な考察を行う過程で、”Many slash stories, unlike the films, tackle the class difference between Frodo and Sam, exploring ways in which a sexual relationship might be affected by inequalities in social and political power.”(Smol, p13) と述べている。ホビット族の名家の主人であるフロドと、その庭師に過ぎないサムが、いかにしてお互いへの思いを自覚し、葛藤し、階級差や社会的な立場といった困難を乗り越えて「理想的な愛」を確立するか? 指輪を手にする前と後では彼らの関係性はどう変わるのか? 旅によって心身ともに傷を受けたフロドを、サムはどうやって癒そうとするか? 妻の死後、海の向こうの至福の地に渡ったとされるサムは、そこでフロドと再会できたのか? 物語の「隙間」に向けられる想像力は留まるところを知らない。Slash作者たちは、様々なプロットを繰り返すことで、原作のテクストや映画の一場面から得た“解釈”(例えば「フロドとサムは恋人関係にある」といったもの)に説得力を与えようとしているのだ。

 このように解釈と説明を繰り返して再構築されたテクストは、もはや原作からも映画からもかけ離れた別物になっていく。しかし、個人の頭の中にある空想の絆や関係を、物語という形で具現化するというSlash文化の作法は、実はトールキンが『指輪物語』というファンタジックな作品世界を構築した作法と奇妙な一致を見せる。それについて、小谷真理は以下のように述べる。
 

 『指輪物語』の作者J.R.R.トールキンは、異世界ファンタジーに関する理論を自著『妖精物語について』(1964年)にまとめている。それによると、妖精物語(今で言う異世界ファンタジー)とは、不思議な存在である妖精を単に登場させることのみならず、その異質な生き物がどのような世界に住んでいるのかを考察・構築することに他ならないという。やおい、耽美、BL、少年愛を描く世界は、構造的には、この、トールキン教授が説明付ける妖精物語と同様ではないだろうか (小谷,「腐女子同士の絆」,p35 )


 これは『指輪物語』に限らず、元となる作品に何らかのファンタジー要素を含む二次創作すべてに当てはまることであるが、『指輪物語』の場合は前述してきたホモソーシャリティの要素もあいまって、よりSlash文化を育てやすい土壌を提供していると言える。考えてみれば、「スタートレック」にしろ『ハリー・ポッター』にしろ、Slash的人気を獲得する作品には、ヒーローたちの友情の物語に加え、SFやファンタジーといった何らかの現実とは異なる要素が組み込まれていた。もしこれらの作品の舞台が、未来の技術も魔法も存在しない、普通の現実世界であったならば、Slash文化に許される想像の自由は今よりも制限を受けたものになっていただろう。『指輪物語』においては、トールキンが≪中つ国≫という空想世界を構築し、そこに住まわせたホビットやエルフ、ドワーフ、そして人間などの種族たちも緻密な文化的・歴史的背景を与えられている。Slash作者たちは全く別の物語を紡ぎながらも、トールキン自身によって与えられた膨大な「設定」を利用しつつ、頭の中に思い浮かべた「幻想の恋人たち」を成立させるために彼らの背景を掘り下げる。現実とは異なる社会・文化・生態を持つ彼らならば、きっと現実の制約も越えた「理想の関係」を紡げるかもしれないという希望を見出そうとするのだ。文学ジャンルとしてのファンタジーと、そこに生きる架空生物たち。一方、個人の頭の中の空想としてのファンタジーと、その中で描かれる「幻獣」としての男性。この両者の相似関係が重なったところにあるものの一つがThe Lord of the Rings Slashなのであり、そういう意味で二重の「ファンタジー」を体現しているとも言えるのだ。



[i] Library of Moria < http://www.libraryofmoria.com/ >
[ii] 原作には登場するものの映画では省略された主要人物としては、ホビットたちが出会う謎の人物トム・ボンバティルや、エルフのグロールフィンデル、アルウェンの兄であり双子のエルラダンとエルロヒアなど。

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