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J.R.R.トールキンの『指輪物語』におけるホモソーシャリティとslash文化3-1

第3章  『指輪物語』とSlash

1. 映画における表象

 ジェンダーやセクシュアリティ、個人の価値観など様々な側面をはらみつつ現代まで発展してきたSlash文化は、現在さまざまな小説・映画・TVドラマ・アニメやコミックなどを“寄生源“として広がりを見せている。序論で述べたように『指輪物語』および映画版の『ロード・オブ・ザ・リング』、そして同じ≪中つ国≫を舞台とし『指輪物語』の前日譚にあたる『ホビットの冒険』や『シルマリルの物語』といった他のトールキン作品もその例外ではない。極めて現代的なメディア行動とも呼べるSlash文化と、ファンタジーの古典『指輪物語』が交錯するとき、そこにはどのような「読み」が生まれるのか。

 第2章で論じたSlashの特徴をまとめると、「① Slashは男同士の友情に着目し、② さらに恋愛要素を付加することで「理想的な関係性」を模索する。 ③ これらの二次創作活動は一種の自己実現であり、相互に承認しあうためのコミュニティを形成する」という3点が挙げられる。1章で論じたように『指輪物語』そのものが持つホモソーシャル性や友情の物語が、Slashが生まれやすい条件を満たしているということは容易に想像がつくが、直接の要因としては明らかに映画版『ロード・オブ・ザ・リング』の存在があるだろう。 A. Smolは”Lord of the Rings slash is fairly unusual in that writers may base aspects of their stories on written texts rather than just on the films, even though no Lord of the Rings slash sites predate Peter Jackson films, as far as I know, and most slash fiction imagines the characters as they are represented by the actors in the film.”(Smol, p13) として、ほとんどのSlashは俳優が演じたキャラクター造形を基本に書かれていることを指摘する。たしかに、ファンフィクションを集めたサイトの設立やそこへの作品投稿は映画公開後に集中しており、映画のスチル画像がそのまま加工されたファンアート(Photomanipulation)などもしばしば見受けられる。つまり、原作のテクストだけでなく、映画によって与えられたヴィジュアルイメージというものが、Slash文化に大きく貢献しているのだ。相互承認とコミュニティ形成を核とするSlashにとって、コミュニティ内のメンバー同士で同じヴィジュアルイメージ――俳優の顔立ちや衣装、背景美術やCGなど――を共有できることは大きな利点であり、むしろこの共有は必須であるとさえ言える。[i]  したがって、原作におけるホモソーシャリティないしは絆の物語といったものが直接Slashの発生に起因したわけではなく、可能な限り原作に寄り添いつつも現代的な味付けをもって映画化された作品の中に、Slash作者/読者たちは先ず「何か」を感じとったのである。

 キャラクターの表象や関係性は、原作と映画では大きく異なる部分も多い。ホモソーシャリティという点に着目するならば、物語の中心にある主人公たちの絆や友情はそのまま引き継がれてはいるが、原作では地の文や台詞を通して「愛情」や「好意」という単語ではっきり表わされた感情は、映画の台詞としてはほとんど登場しない。例えば、「だがどっちだろうと、おらは旦那(フロド)が好きだよ」(『二つの塔・下』,p128)というサムの独白も、「白の木の王(アラゴルン)への愛のために」(『王の帰還・上』,p)というレゴラスの誓いも、役者がそれを直接口にするシーンは無く、代わりに必死に相手を気遣う姿や表情や仕草によってこれらの感情は仄めされている。これらは映像で物語ることが出来る映画だからこその表現であり、むしろ言葉による説明を無粋なものとして避けているとも取れる。それと同時に、感情に名前を付けないという曖昧さは、鑑賞者の側に想像の余地を与え、Slash作者/読者たちは作中に示された些細なきっかけ――アイコンタクトや「手を握る」「肩を掴む」といったジェスチャー――を足がかりにキャラクター同士の関係を巧みに“解釈”するのだ。

 もう一点映画においての変化として挙げられるのが、男女のロマンスや女性キャラクターの活躍である。より多くのシーンを割いて描かれていることだ。最も顕著な例がアルウェンの場合であり、彼女は第1部において馬を乗りこなし敵の追跡を免れるアクションシーンを見せるのみならず、夢やフラッシュバックといった形で度々画面に現れ、ヘテロセクシャルな愛情の強調に一役買っていると言えるだろう。このように作中の各所に女性を存在させることは、ある意味でホモセクシャルへの可能性を否定する“言い訳”として機能し、あたかも男性キャラクターの間にあるのはあくまで友情だと主張しているようにすら思われる。ところが、E. Saxeyは男女間のロマンスの挿入や女性キャラクターの強調が、むしろホモエロティシズムの可能性を導くと指摘する。(Saxey, p136)
 
“The physical gestures that expressed male homosocial relations ―grasping shoulders, pressing and kissing hands and foreheads ―is now also available for heterosexual encounters, and this recontextualizes the fervour of the homosocial. When the physical now includes Aragorn kissing Arwen, what is meant by his kiss for Boromir? ” (Saxey, p136)
 
 もっともここで言及されているキスとは、あくまで死に際の仲間に送る額への口付け[ii]であり、「これは単純に風習の問題であって、物語を紡ぐうえで重要な感情の糸が男性のあいだに張り巡らされている、という仮説を裏付けるものではない」(ブラッドリー,p128) という指摘もあるように、この行為を男女の口付けと同列に扱い、行為そのものから直接ホモセクシャルな意味を読み込むのはいささか早計と言える。
しかしSlashの場合は、想像力ひとつでその問題をいとも容易く飛びこえる。全ての二次創作の定型文は「もし~だったら」に収束すると言える。その特徴は描かれていない、あるいは明言されていない物語の「隙間」を埋めるという点にある。したがって、額へのキスに関しても、Slash作者はただ一つの“解釈”を加えるだけで良い。――「もし、その行為に男女間におけるのと同じ類の愛情も含まれていたら?」と。Slash的思考回路が異性愛主義を起点としていることは2章で述べた通りだが、『ロード・オブ・ザ・リング』の場合、映画で男女間の愛情の描写が増えたことは、同時に「どんな行為をもって愛情表現と見なすか」という指標を鑑賞者の側に与えたことにもなるのではないか。

 Slash作者/読者たちが発見した「何か」とは、つまるところ「額へのキス」といった、「動作」に関するものなのだ。それは他にも、例えば傷を負ったフロドの手を握るサムの姿や、離れ離れになる時にピピンを見送るメリーの表情や、エルフ語で言葉を交わすアラゴルンとレゴラスのやりとりだったかもしれない。目に見える形で示されてはいるが、その正体が何なのかは不明な絆――これに「愛情」という解答を示そうとするSlash文化は、その解釈を補強するために次なる手段をとる。それが次項で述べる、「テクストの再構築」とファンタジーとの関連である。



[i] Fan Fiction NetでBookカテゴリーの上位を占める『ハリー・ポッター』(J.K.ローリング著)や『トワイライト』(著)などにも言えることで、どちらも10代を中心に原作が支持され、さらに映画化という形でメディアミックス展開されている。
[ii] 「死んだ友に送る口付け」というモチーフはトールキンの未発表原稿や草稿などをまとめたHistory of Middle Earth におけるTurin とBelegの場合にも見受けられる。”…and then Turin did as he was bid but yet as one dazed, and stooping he raised Beleg and kissed his mouth.” (HoME part2 ,p80)

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