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J.R.R.トールキンの『指輪物語』におけるホモソーシャリティとslash文化(結論)

結論

 以上を踏まえて、序論での問い――なぜ『指輪物語』がSlash文化からの人気を獲得しているか? という疑問に立ち戻るならば、その答えとしては①作品に描かれるホモソーシャリティ、②作品そのものの「ファンタジー性」、③その両方を目に見えるものとして映像化した映画の存在という3つの要素が挙げられるだろう。The Lord of the Rings Slashの隆盛とは、これらの要素が相互に影響しあい、Slash文化の持つ特徴と上手くかみ合ったために導かれた一つの結果なのではないか。

 もっとも、Slash的な解釈の仕方は広く一般に受け入れられるものではない。A. Smolは”Many Tolkien fans object to slash, sometimes out of their own belief that homosexual relationships are immoral and/or because they find that representations of homosexuality betray the intent of the original story”(A. Smol, p 14) と、Slash反対派の存在についても言及している。Slash文化とはあくまでも特殊な趣味のひとつとして扱われており、Slash作者の側も「嫌いならば読まないで(Don’t like, don’t read)」という断り書きのもと、同好の士以外の目に自分の作品が触れることを忌避する。あくまでも「ただの妄想」と言い切って、Slashに対して個人的な楽しみ以上の意味を求めようとしないのだ。

 しかしながら、Slash文化が「理想化された男性同性愛」という限定的な形であれ、作品を従来とは異なるジェンダー/セクシュアリティの観点から読み解こうとする姿勢を示しているのも事実である。ジェンダーやクイア・スタディーズといった研究分野では「同性愛⇔異性愛」の二項対立はもはや過去のものとして扱われるが、一般レベルにおいては「異性愛主義のバイアス」は未だ根強いと考えられる。だからこそSlashを”immoral”とするような反対論者も存在するのである。このように新旧両方の価値観が入り混じり、完全には移行しきらない時代の中で生まれてきたのが、Slashという読み方なのではないだろうか。

 『指輪物語』という原作のテクストそのものは本が出版された1955年以来変わらないが、その読まれ方は読者それぞれの価値観や、それを規定する時代・文化の影響を受けて常に変化し続けている。映画版の『ロード・オブ・ザ・リング』も、それをきっかけに現れたThe Lord of the Rings Slashというジャンルも、2000年代以降の主に英語圏という時間的・文化的制約の中で出てきた“解釈”のひとつに過ぎない。仮に今後、多様なジェンダーやセクシュアリティがより広く認められる社会が訪れたとして、その時にもう一度『指輪物語』の映画版や二次創作が作られたとしたら、おそらく現在とは全く異なったものになるだろう。二次創作においての”Slash”というジャンル区分さえ無くなっている可能性もある。ただ一つだけ確かなのは”But I love him, whether or no.”(The Two Towers,p290)というテクスト上の事実だけだ。その”love”の意味をどのように受け止め、解釈するかは読者ひとりひとりの手に委ねられている。

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引証資料リスト

ⅰ.第一次資料
Tolkien, J.R.R The Fellowship of the Ring: The Lord of the Rings--Part One. New York, United States:  Random House Publishing Group, 1986. Print.
---. The Two Towers: The Lord of the Rings--Part Two. New York, United States:  Random House Publishing Group, 1986. Print.
---. The Return of the King: The Lord of the Rings--Part Three. New York, United States:  Random House Publishing Group, 1986. Print.
---. The Book of Lost Tales--Part Two: The History of Middle-Earth. Ed. Tolkien, C.R. London, England: Harper Collins, 2002
J. R. R.トールキン著, 瀬田貞二・田中明子訳『指輪物語1 旅の仲間 上1』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語2 旅の仲間 上2』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語3 旅の仲間 下1』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語4 旅の仲間 下2』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語5 二つの塔 上1』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語6 二つの塔 上2』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語7 二つの塔 下』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語8 王の帰還 上』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語9 王の帰還 下』東京: 評論社, 1992. Print.
---. 『指輪物語10 追補編』東京: 評論社, 2003. Print.
ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔: スペシャル・エクステンデッド・エディション. Dir. Jackson, Peter. Prod. Jackson Peter, Fran Walsh, Philippa Boyens, et al. 日本ヘラルド映画, 2002. DVD.
ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間 : スペシャル・エクステンデッド・エディション. ---. Prod. Jackson Peter, Fran Walsh, Philippa Boyens, et al. 日本ヘラルド映画, 2002. DVD.
ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還 : スペシャル・エクステンデッド・エディション. ---. Prod. Jackson Peter, Fran Walsh, Philippa Boyens, et al. 日本ヘラルド映画, 2003. DVD.
 
.第二次資料
Craig, David M. "'Queer Lodgings': Gender and Sexuality in the Lord of the Rings." Mallorn: The Journal of the Tolkien Society 38 (2001): 11-8. Print.
Kaufman, Roger. "Lord of the Ring Taps a Gay Archetype." Gay & Lesbian Review Worldwide 10 (2003): 31-3. MLA International Bibliography; Gale. Web.
Salmon, C., and D. Symons. "Slash Fiction and Human Mating Psychology." Journal of sex research 41.1 (2004): 94-100. Web.
Saxey, Esther. "Homoeroticism" Reading the Lord of the Rings: New Writings on Tolkien's Trilogy. Ed. Robert Eaglestone. London, England: Continuum, 2006. 124-137. Print.
Smol, Anna. "'Oh …Oh …Frodo!': Readings of Male Intimacy in the Lord of the Rings." MFS: Modern Fiction Studies 50 (2004): 949-79. MLA International Bibliography; Gale. Web.
L.カーター著、中村 融訳『ファンタジーの歴史: 空想世界』東京: 東京創元社, 2004. Print.
小谷 真理「リングワールドふたたび--「指輪物語」,あるいはフェミニスト・ファンタジイの起源」 (トールキン--生誕100年--モダン・ファンタジ-の王国).『ユリイカ』 24.7 : p94-101. 東京: 青土社, 1992. Print.
---. 『女性状無意識テクノガイネーシス: 女性SF論序説』 東京: 勁草書房, 1994. Print.
---. 「腐女子同士の絆--C文学とやおい的な欲望」 (総特集 BL(ボーイズラブ)スタディーズ)." 『ユリイカ』 39.16 : 26-35. 東京: 青土社, 2007. Print.
水間 碧『隠喩としての少年愛: 女性の少年愛嗜好という現象』大阪: 創元社, 2005. Print.
藤本 由香里「少年愛/やおい・BL--二〇〇七年現在の視点から」 (総特集 BL(ボーイズラブ)スタディーズ)." ユリイカ 39.16 : 36-47. 東京: 青土社, 2007.Print.
M.Z.ブラッドリー著、安野 玲訳「人間と小さい人と英雄崇拝」 (総特集 『指輪物語』の世界--ファンタジーの可能性) -- (「物語」をさらに深く)『ユリイカ』 34.6 : 127-41. 東京: 青土社, 2002. Print.
鳴海 丈『「萌え」の起源: 時代小説家が読み解くマンガ・アニメの本質』. 東京: PHP研究所, 2009. Print

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